9. 磁気の性質
電気回路の主要な素子として、抵抗、インダクタ、キャパシタがあるが、この中でインダクタは、電気回路において、電流が流れるときにその電流の変化によって生じる磁束によって電気エネルギーを蓄える素子である。一般的には、コイルやトランスなどの形で実装される。インダクタの動作原理は磁気の性質によっている。
ここでは、電気回路に必要な基本知識としての磁気について説明する。磁気とは、磁場を生じる性質を持つ物質や物理現象のことを指す。
物質には、磁気を持つものと持たないものがある。磁気を持つ物質は、原子や分子の中に磁気モーメントと呼ばれる微小な磁気が存在し、これらの磁気が相互作用することで磁場を生じる。代表的な磁気を持つ物質には、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)などの金属や、Fe,Ni,Coを含む合金からなる磁性体と呼ばれる物質がある。
磁気の性質には、磁場を生じること、磁場に反応すること、そして磁場を変化させることが挙げられる。磁気を持つ物質は、外部から磁場を加えられると、その磁場に対して反応する。これによって、磁場に対する磁化率などの物理量が変化する。
また、磁場を変化させることによって、電磁誘導や電磁波の発生などの現象が起こる。
磁石
鉄などの金属は磁石になることが知られている。磁石の磁気の強い部分を磁極といい(N極,S極)がある。
※N極とS極は必ず対で存在する(磁気双極子)。現時点では、N極のみ、または、S極のみは存在しないとされている(理論的にはあり得るとの説もある)。
磁石には、磁場を発生させる原因となる磁性物質が含まれおり、磁性物質には、Fe,Ni,Coなどがある。これらの物質は、原子が内部に持つ電荷の運動によって磁気モーメントと呼ばれる微小な磁気を持つ。
磁石が磁場を発生する仕組みは、磁性物質中の磁気が、相互に作用し合うことによって生じる。磁性物質内の磁気は、電荷の運動によって生じた磁場によって相互に作用され、それによって磁気が整列する。この整列によって、磁性物質全体から磁場が発生し、磁石としての特性を示す。
*磁力の作用する空間を磁界という。また、磁界を表現する仮想的な曲線を磁力線(磁束)という。
磁束は、N極から出て、S極に入る。(磁束の方向:N極 → S極)
*磁気誘導:磁性体を磁界中におくと、磁石の性質を示すようになる現象を磁気誘導という。 このとき、磁性体は磁化されたという。
磁力
N極とN極、S極とS極には 「反発力」が働く。
N極とS極には、「吸引力」が働く。
磁気モーメント
磁気モーメントは、物体の内部の電荷(電子)の運動(電流)によって生じる微小な磁気が、物体全体の磁気特性に影響する量として定義される。
地球は磁石
地球は、非常に大きな磁石(北極がS極、南極がN極)と考えられる。地球の磁場を地磁気という。地球の中心部には、高温・高圧の金属の核が存在し、この核が回転しながら電流を生成しており、この電流が地球の磁場を生み出しているとされている。
電流の磁気作用
物質が磁気を帯びる原因は電流である。従って、導体に電流を流すと、導体の周辺に磁界を生じる。
磁界の方向は、アンペアの右ねじの法則に従う。(電流の流れる方向に進むように右ねじを回すとき、右ねじを回す方向が磁束の方向となる。)
アンペアの右ねじの法則
アンペアの右ねじの法則は、電流が通る導体における磁界の方向を決定する法則である。この法則によれば、右手の親指を電流が流れる方向に向け、その指先を曲げたときに残る指の向きが、磁界の向きになる。
直線導体に電流を流したときの磁界
図「直線状に電流が流れた時の磁界の向き」のように、直線状の導体に電流が導体内部を流れるとき、導体の周りには円形の磁界が生じる。
このとき、右手の親指を電流が流れる方向に向けて、他の指先を導体の周りに曲げると、この指先の向きが磁界の方向を示す。
発生する磁界の強さは、$$H \propto \frac{I}{r}$$ となる。
\(I\):電流、\(r\):導体からの距離
磁界の強さは、導体に流れる電流に比例して、導体からの距離に反比例する。
\(N\)回巻きのコイルに電流\(I\)を流したときに発生する磁界の強さ\(H\)は、導体と磁界の距離を\(r \; [m]\)とすると、$$H = \frac{NI}{2r}\; [A/m]$$ となる。この式から、
\(H \propto I\) :電流の大きさに比例
\(H \propto N\):コイルの巻き数に比例
といえる。
円形コイルに電流を流したときの磁界
コイルとは、導線を円筒状に巻いたもので、ソレノイドとも言う。
図「円形コイルの発生磁界」のように、円形コイルに電流を流した時の磁界の方向は、導線に流れる電流の方向を右手の親指として、他の指先を導体の周りに曲げると、残る指の向きが磁界の方向となる。このとき、電流が円形に流れるので、磁界は円の中心ほど強まり、それを合成したものが、磁界の向きとなる。従って、右手で親指以外の指を電流の流れる向きに曲げると、親指の方向が磁界の向きとなる。
トロイダルコイル(環状コイル)
トロイダルコイルとは、トロイダル状(環状)のコアにコイル(電線)を巻いたもので、主に電源ライン用のコモンモードチョークコイルなどに使用されている。トロイダルコイルの特徴は、磁束がすべて磁性体中を通る「閉磁路」で、かつ磁界の発生方向(右ねじの法則)と同じ形状であるため、効率的に磁界を取り込むことが挙げられる。そのため、コイルとして最も性能が良い形状と言える。
電磁誘導
電磁誘導とは、磁束が変動する環境下に存在する導体に電位差が生じる(起電力が生じる)現象である。また、このとき発生した電流を誘導電流という。この現象は、ファラデーの法則として知られている。ファラデーの法則は、磁束の変化によって誘起される起電力(電位差)と、その起電力に比例する電流の大きさを表す。すなわち、磁束の変化に応じて起電力が生じ、この起電力によって電流が流れる。電磁誘導は、発電機や変圧器などの電気機器の動作原理にも関係している。発電機は、回転する磁場によって電磁誘導を利用して電気エネルギーを生成する。変圧器は、電磁誘導を利用して、電圧や電流を変換するために使用される。
磁界中のコイル
図「磁界中のコイル」のように、コイルの面を磁束が通り抜けているとき,「コイルと磁束は鎖交している」という。
コイルの鎖交磁束が時間的に変化すると、コイルに起電力が生じる。これを電磁誘導という。
誘導起電力の大きさは、電磁誘導に関するファラデーの法則 に従う。
つまり、鎖交磁束の時間的変化の割合に比例する。
磁束が速く変化すると、誘導起電力が大きくなる。
磁束がゆっくり変化すると、誘導起電力は小さくなる。
誘導起電力の方向は、レンツの法則 に従う。
図「電磁誘導(誘導起電力の方向)」より、誘導起電力によって,コイルに電流が流れるので、 この電流によって磁束を発生する。この磁束の方向は、鎖交磁束の時間的変化を妨げるような方向となる。
すなわち、
1)鎖交磁束が増加しているとき:増加させないように、鎖交磁束と反対方向の磁束が発生するような電流がコイルに流れる方向となる。
2)鎖交磁束が減少しているとき:減少させないように、鎖交磁束と同じ方向の磁束が発生するような電流がコイルに流れる方向になる。
磁界中において導体を移動させたときの起電力
磁界中で、導体が磁束を切る方向に移動すると、導体に起電力が生じる。
図「磁界中での導体の運動による起電力」で考えると、磁束が鎖交している四角いコイルの一辺のみが、他の二辺と接触しながら移動すると考えると、四角いコイルの断面積が変化するので、コイルの鎖交磁束数が時間的に変化することになり、電磁誘導により、コイルに誘導起電力が生じる。
誘導起電力の方向は、「フレミングの右手の法則」に従う。
フレミングの右手の法則
人差し指:磁束の方向、中指:起電力の方向、親指:運動の方向として、右手の親指と人差し指と中指を互いに直交させたとき、指の向きと、磁束の方向、誘導起電力の方向、導体の運動方向が対応する。