2. 行列式(線形代数)
行列式とは、正方行列に対して定義される量で、歴史的には行列が表す一次方程式の可解性を判定する指標として導入された。幾何的には、線型変換に対して線形空間の拡大率ということができる。つまり、行列式は、行列がどれくらい空間を「引き伸ばしたり縮めたりしているか」を表す指標と言える。
行列式とは
nnの正方行列A = \begin{bmatrix} a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \\ a_{21} & a_{22} & \cdots & a_{2n} \\ \vdots & \vdots & & \vdots \\ a_{n1} & a_{n2} & \cdots & a_{nn} \end{bmatrix}について、どの行、どの列からもきっちり1つずつ選んだAの成分n個の積をAの基本積と呼ぶ。
[例]A = \begin{bmatrix} a_{11} & a_{12} & a_{13} \\ a_{21} & a_{22} & a_{23} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33} \end{bmatrix}の基本積は、どの行、どの列からも1つずつ選んだAの成分3個の積なので、a_{11} a_{22} a_{33} \;\;\;\;\; a_{12} a_{21} a_{33} \;\;\;\;\; a_{13} a_{21} a_{32} \\ a_{11} a_{23} a_{32} \;\;\;\;\; a_{12} a_{23} a_{31} \;\;\;\;\; a_{13} a_{22} a_{31}となる。
n/nの正方行列は、一般にn!個の基本積を持つ。基本積は、a_{1 j_1} a_{2 j_2} \cdots a_{n j_n} と表せる。ただし、j_1, j_2, \cdots , j_nは集合\{1,2, \cdots, n \}の順列を示し、順列すべてを動くとする。さらに、基本積に+または、-の符号を付けたものをAの符号付基本積という。符号は、j_1, j_2, \cdots , j_nが偶順列のときは+、奇順列のときは-を付けるものとする。
※順列j_1, j_2, \cdots , j_nにおいて、ある自然数がそれよりも小さな自然数より先に出現するとき、追い越しが起きているといい、追い越しの発生している合計数を追い越し数とよぶ。また、追い越し数が偶数の順列を偶順列、奇数の順列を奇順列とよぶ。
[例]A = \begin{bmatrix} a_{11} & a_{12} & a_{13} \\ a_{21} & a_{22} & a_{23} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33} \end{bmatrix}の符号付基本積は以下の表のようになる。
基本積 | 列番号の順列 | 偶奇 | 符号付基本積 |
a_{11}a_{22}a_{33} | (1,2,3) | 偶 | +a_{11}a_{22}a_{33} |
a_{11}a_{23}a_{32} | (1,3,2) | 奇 | -a_{11}a_{23}a_{32} |
a_{12}a_{21}a_{33} | (2,1,3) | 奇 | -a_{12}a_{21}a_{33} |
a_{12}a_{23}a_{31} | (2,3,1) | 偶 | +a_{12}a_{23}a_{31} |
a_{13}a_{21}a_{32} | (3,1,2) | 偶 | +a_{13}a_{21}a_{32} |
a_{13}a_{22}a_{31} | (3,2,1) | 奇 | -a_{13}a_{22}a_{31} |
行列式の定義
Aを正方行列とするとき、Aのすべての符号付基本積の和をAの行列式といい、det(A)、または、|A|と書く。detを行列式関数と呼ぶ。
det\left(\begin{bmatrix} a_{11} & a_{12} & a_{13} \\ a_{21} & a_{22} & a_{23} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33} \end{bmatrix}\right) \\ = a_{11}a_{22}a_{33} + a_{12}a_{23}a_{31} + a_{13}a_{21}a_{32} -a_{11}a_{23}a_{32} -a_{12}a_{21}a_{33} -a_{13}a_{22}a_{31}となる。
定義から直接行列式を計算する場合、サイズ4/4行列の場合ですら4!=24個の基本積とその符号の決定が必要となり、面倒である。
行列式の基本定理
行列式に関する定理1
正方行列Aが0のみからなる行をもっていれば、det(A) = 0
※Aから作られるどの基本積も必ずそれぞれの行から1個ずつ成分が選ばれている。従って、Aが0のみからなる行をもてば、どの基本積も0を因子に含むので、その積は0となり、行列式は符号を付けた基本積の和なので、0となる。
行列Aの対角線より下の成分がすべて0であるような正方行列を上3角行列とよび、同様に対角線より上の成分がすべて0であるような正方行列を下3角行列とよぶ。
行列式に関する定理2
Aがn次の3角行列であれば、その行列式det(A)はAの対角線上の成分(対角成分)の積に等しい。つまり、det(A) = a_{11} a_{12} \cdots a_{nn}である。
[例]A = \begin{bmatrix} a_{11} & 0 & 0 & 0 \\ a_{21} & a_{22} & 0 & 0 \\ a_{31} & a_{32} & a_{33} & 0 \\ a_{41} & a_{42} & a_{43} & a_{44} \end{bmatrix} \\ det(A) = a_{11} a_{22} a_{33} a_{44} となる。これは、0にならない基本積を考えれば明らかである。
行列式に関する定理3
Aをn/n行列とするとき、
(a) Aのある行をk倍してA'をつくったとすると、det(A') = k det(A)
(b) Aの2つの行を交換してA'をつくったとすると、det(A') = - det(A)
(c) Aのある行を何倍かして別の行に加えてA'をつくったとすると、det(A') = det(A)
[例]A =\begin{bmatrix} 1 & 2 & 3 \\ 0 & 1 & 4 \\ 1 & 2 & 1 \end{bmatrix} \;\;\;\;\; det(A) = -2において、
(a) Aの第1行を4倍した行列は、A_1 = \begin{bmatrix} 4 & 8 & 12 \\ 0 & 1 & 4 \\ 1 & 2 & 1 \end{bmatrix}であり、
det(A_1) = - 8 = 4det(A)である。
(b) Aの第1行と第2行を交換した行列は、A_2 = \begin{bmatrix} 0 & 1 & 4 \\ 1 & 2 & 3 \\ 1 & 2 & 1 \end{bmatrix}であり、
det(A_2) = 2 = -det(A)である。
(c) Aの第3行を-2倍して第2行に加えた行列は、A_3= \begin{bmatrix} 1 & 2 & 3 \\ -2 & -3 & 2 \\ 1 & 2 & 1 \end{bmatrix}であり、
det(A_3) = -2 = det(A)である。
行列式関数の性質
転置行列の定義
サイズm/nの行列Aが与えられたとき、Aの(i,j)成分を(j,i)成分とみなして得られるサイズn/m行列を転置行列と呼び、A^tと書く。
ある行列に対して、その転置行列を対応させる作用を転置作用と呼ぶ。
転置作用の性質
(1) (A^t)^t) = A
(2) (A +B)^t = A^t + B^t
(3) (k A)^t = k A^t (kは実数)
(4) (AB)^t = B^t A^t
行列式に関する定理4
任意の正方行列Aについて、det(A) = det(A^t)
※このことは、もとの行列の行と列の役割を交換しても、同様に成立することを示している。
行列式に関する定理5
A,\;Bをサイズの等しい正方行列とするとき、det(AB) = det(A) det(B)
[例]A = \begin{bmatrix} a_{11} & a_{12} \\ a_{21} & a_{22} \end{bmatrix} \;\;\;\;\; B = \begin{bmatrix} b_{11} & b_{12} \\ b_{21} & b_{22} \end{bmatrix} のとき、AB = \begin{bmatrix} a_{11} b_{11} + a_{12} b{21} & a_{11} b_{12} + a_{12} b_{22} \\ a_{21} b_{11} + a_{22} b_{21} & a_{21} b_{12} + a_{22} b_{22} \end{bmatrix}である。det(AB) = (a_{11} b_{11} + a_{12} b_{21})(a_{21} b_{12} + a_{22} b_{22} ) - (a_{11} b_{12} + a_{12} b_{22})(a_{21} b_{11} + a_{22} b_{21} ) \\ = (a_{11} a_{22} - a_{12} a_{21}) (b_{11} b_{22} - b_{12} b_{21} ) \\ = det(A) det(B)となる。
行列式に関する定理6
正方行列Aが可逆であることと、det(A) \neq 0 であることとは同値である。
※Aが可逆なので、I = A A^{-1}である。両辺の行列式を求めると、det(I) = 1 = det(A)det(A^{-1})なので、det(A) \neq 0である。
さらに、det(A)det(A^{-1})= det(I)=1なので、det(A^{-1}) = \frac{1}{det(A)}である。
余因子展開
余因子の定義
正方行列Aの第i行および第j列をとりのぞいてできる行列の行列式をM_{ij}と書き、Aの(i,j)成分a_{ij}の小行列式とよぶ。また、C_{ij} = (-1)^{i+j}M_{ij}をa_{ij}の余因子とよぶ。
A = \begin{bmatrix} a_{11} & a_{12} & a_{13} \\ a_{21} & a_{22} & a_{23} \\ a_{31} & a_{32} & a_{33} \end{bmatrix}において、det(A) = a_{11} a_{22} a_{33} + a_{12} a_{23} a_{31} + a_{13} a_{21} a_{32} - a_{13} a_{22} a_{31} - a_{12} a_{21} a_{33} - a_{11} a_{23} a_{32} \\ = a_{11} (a_{22} a_{33} - a_{23} a_{32}) + a_{21} (a_{13} a_{32} - a_{12} a_{33}) + a_{31} (a_{12} a_{23} - a_{13} a_{22}) \\ = a_{11} C_{11} + a_{21} C_{21} + a_{31} C_{31}と書き表せる。これより、Aの行列式の計算法として、Aの第1列の成分と、その成分の余因子をかけ合わせたものを合計する方法が考えられ、この方法をAの第1列による余因子展開とよぶ。
行列式に関する定理7
サイズn/nの行列Aの行列式は、どれか1つの行(または列)の成分と、その成分についての余因子とをかけ合わせて、合計n個を加えたものに等しい。
任意の1 \le i \le n , \; 1 \le j \le nについて、第j列による余因子展開は、det(A) = a_{1j} C_{1j} + a_{2j} C_{2j} + \cdots + a_{nj} C_{nj}となる。また、第i行による余因子展開は、det(A) = a_{i1} C_{i1} + a_{i2} C_{i2} + \cdots + a_{in} C_{in}となる。