1. 行列と行列の演算(線形代数)

線形代数は、ベクトル空間と線形写像に関する理論と応用を扱う。制御工学、特に現代制御理論では重要な数学ツールとなっている。線形代数は、次の概念や操作を含む。
1.ベクトルとベクトル空間:ベクトルは数値の集合であり、方向と大きさを持つ量である。2次元ベクトルは平面上の点を表し、3次元ベクトルは空間上の点を表す。ベクトル空間は、ベクトルの集合であり、ベクトルの加法とスカラー倍の操作が定義される。
2.行列と行列演算:行列は数値を行と列の格子状に並べたもので、線形方程式の解を求めることやベクトルの変換を表現するために使用される。行列の加法、乗法、逆行列などの演算が含まれる。
3.線形写像:線形写像は、ベクトル空間の間での写像であり、ベクトルの加法とスカラー倍の操作により実行される。例えば、回転や拡大縮小などの変換が線形写像に含まれる。
4.固有値と固有ベクトル:固有値と固有ベクトルは、行列に関連する概念であり、行列が特定のベクトルをどのようにスケールするかを示す。固有値問題は、多くの物理現象や工学問題の解析に重要となる。
5.線形方程式の解法:線形方程式は、未知の変数が線形に関係する方程式であり、行列を用いて表現されることが多い。ガウス消去法や逆行列法などの解法がある。
以上の概念や操作の原理を理解すれば、工学的には各種のソフトウェア(Matlab, Scilab, Octaveなど)に実装されている関数を活用すれば良い。ただし、新しいアルゴリズム(例えばAIの実装)を開発するためには、原理の理解は重要である。

線形代数の基本的枠組み

ベクトルは多次元の変数をひとまとめにしたもの、行列は多次元の比例定数表をひとまとめとしたものと考える。例えば、y_1 = a_{11}x_1 + a_{12}x_2 + \cdots + a_{1n}x_n \\y_2 = a_{21}x_1 + a_{22}x_2 + \cdots + a_{2n}x_n \\ \vdots \\y_m = a_{m1}x_1 + a_{m2}x_2 + \cdots + a_{nm}x_nの線形連立方程式は、y = \begin{bmatrix} y_1 \\ y_2 \\ \vdots \\y_m\end{bmatrix} \;\;\;\;\; A = \begin{bmatrix} a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \\ a_{21} & a_{22} & \cdots & a_{2n} \\ \vdots & \vdots & \cdots & \vdots \\ a_{m1} & a_{m2} & \cdots & a_{mn} \end{bmatrix} \;\;\;\;\; x = \begin{bmatrix} x_1 \\ x_2 \\ \vdots \\x_n \end{bmatrix} とすることで、y = Ax と表記できる。
xn次元ベクトル、ym次元ベクトル、(m,\;nは一般には異なる)、Am行、n列のサイズのときm/nと表記する(m \times nの表現が一般的?)。
行列Aにより、xの集合としてのn次元空間Uから、yの集合としてのm次元空間Vへの関数f: U \rightarrow V として、x \longmapsto Axを考えることができる。(\longmapstoの記号は、写像の元の対応を表す)これが、線形代数の基本的な枠組みである。

ベクトルの加法とベクトルのスカラー倍

ベクトルの加法は、同じ次元の二つのベクトルを足し合わせて新しいベクトルを作る操作である。例えば、2次元ベクトル a = (a_1, a_2)b = (b_1, b_2)の加法は次のように計算する。a + b = (a_1 + b_1, a_2 + b_2) この操作は次元が高くなっても同じとして拡張する。例えば、3次元ベクトルの場合はa=(a_1,a_2,a_3)b=(b_1,b_2,b_3)のとき a+b=(a_1+b_1,a_2+b_2,a_3+b_3)となる。
スカラー倍は、ベクトルの各成分に同じスカラー(大きさだけを表す量)を掛ける操作である。例えば、2次元ベクトルa=(a_1,a_2)に対してスカラーkを掛けるとka=(k \cdot a_1,k\cdot a_2)となる。この操作も次元が高くなっても同じで、例えば、3次元ベクトルの場合はa=(a_1,a_2,a_3)に対してスカラーkを掛けるとka=(k\cdot a_1,k\cdot a_2,k\cdot a_3)となる。

線形性

線形空間(Linear Space)は、ベクトル空間とも呼ばれ、集合U,\;V と演算(加法とスカラー倍)から構成される。つまり、f: U \rightarrow V ついて、f(e_1 x_1 + e_2 x_2) = f(e_1) x_1 + f(e_2) x_2 = a_1 x_1 + a_2 x_2となる。これは、f(x_1 + x_2) = f(x_1) + f(x_2) , \;\;\;\;\; f(x r) = f(x) rという性質による。行列算では、A(x_1 + x_2) = A x_1 + A x_2 , \;\;\;\;\; A(x r ) = (A x) rとなり、分配則と結合則に対応している。線形空間というのは、加法とスカラー倍が考えられることが基本で、線形写像は、加法とスカラー倍を保存するところが基本となる。「加法とスカラー倍の法則」を線形性という。スカラー倍は和から発展したものだとも考えられるので、より根源的なのは、f(x_1 + x_2) = f(x_1) + f(x_2)で、「重ね合わせの原理」とも言われる。線形性をもった空間が線形空間、線形性を保存する写像が線形写像である。線形空間Vの元のことをVのベクトルという。

行列の演算

行列An/n(サイズn \times n)のとき、n次の正方行列と呼ぶ。その対角線上の成分、a_{11}, \;a_{22},\; \cdots , \;a_{nn}A対角成分と呼ぶ。A=\begin{bmatrix} a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \\ a_{21} & a_{22} & \cdots & a_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{n1} & a_{n2} & \cdots & a_{nn} \end{bmatrix}

行列の定義

数を行、列の長方形状に並べたものを行列(Matrix)と呼び、それぞれの数をその行列の成分と呼ぶ。Aを行列とすると、その成分をa_{ij}と表す。a_{ij}Aの第i行第j列の成分。

行列の和の定義

行列A,\;Bのサイズが等しいとき、A,\;Bそれぞれの対応する成分ごとの和をとって得られる行列をA+Bと書き、A,\; Bの和と呼ぶ。サイズの異なる行列は、加えることは出来ない。


例えば、A,\;Bが正方行列の場合、行列の和は、A + B = \begin{bmatrix} a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1n} \\ a_{21} & a_{22} & \cdots & a_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{n1} & a_{n2} & \cdots & a_{nn} \end{bmatrix} + \begin{bmatrix} b_{11} & b_{12} & \cdots & b_{1n} \\ b_{21} & b_{22} & \cdots & b_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ b_{n1} & b_{n2} & \cdots & b_{nn} \end{bmatrix} \\ = \begin{bmatrix} a_{11} +b_{11} & a_{12} + b_{12} & \cdots & a_{1n} + b_{1n} \\ a_{21} + b_{21} & a_{22} + b_{22} & \cdots & a_{2n} + b_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{n1} + b_{n1} & a_{n2} + b_{n2} & \cdots & a_{nn} + b_{nn} \end{bmatrix}となる。

行列のスカラー倍の定義

Aを行列、cをスカラーとするとき、積cAAの各成分をc倍してできる行列を表す。


行列An /m)をA = \begin{bmatrix} a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1m} \\ a_{21} & a_{22} & \cdots & a_{2m} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{n1} & a_{n2} & \cdots & a_{nm} \end{bmatrix} とするとき、cをスカラーとして、積cAは、cA = \begin{bmatrix} c a_{11} & c a_{12} & \cdots & c a_{1m} \\ c a_{21} & c a_{22} & \cdots & c a_{2m} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ c a_{n1} & c a_{n2} & \cdots & c a_{nm} \end{bmatrix}となる。
A,\;Bがサイズが同じであれば、行列の和とスカラー倍を使えば、A-BA + (-1)Bと計算できる。

行列の積の定義

Am /r行列、Br/n行列とすると、ABの積ABのサイズはm/nとなり、ABの(i,j)成分は、Aの第i行とBの第j列のそれぞれの成分を並んでいる順にそれぞれ積をとり、それらを合計したものとして定める。

ABのサイズは(m/r)\cdot (r/n) = \frac{m}{r} \cdot \frac{r}{n} = m/nと考えれば良い。当然、rが等しくなければならない。なお、サイズをm \times rr \times nと表記する場合は、(m \times r) \cdot (r \times n) の外側の数から、積のサイズはm \times nと考える。


Am /r行列、Br/n行列とすると、AB = \begin{bmatrix} a_{11} & a_{12} & \cdots & a_{1r} \\ a_{21} & a_{22} & \cdots & a_{2r} \\ \vdots & \vdots & & \vdots \\ a_{i1} & a_{i2} & \cdots & a_{ir} \\ \vdots & \vdots & & \vdots \\a_{m1} & a_{m2} & \cdots & a_{mr} \end{bmatrix} \begin{bmatrix} b_{11} & b_{12} & \cdots & b_{1j} & \cdots & b_{1n} \\ b_{21} & b_{22} & \cdots & b_{2j} & \cdots & b_{2n} \\ \vdots & \vdots & & \vdots & & \vdots \\ b_{r1} & b_{r2} & \cdots & b_{rj} & \cdots & b_{rn} \end{bmatrix} となり、ABの(i,j)成分は、a_{i1}b_{1j} + a_{i2}b_{2j} + a_{i3}b_{3j} + \cdots + a_{ir}b_{rj}である。

行列計算の法則

実数に関する代数的な計算法則の多くは、行列についても同様に成立することがいえるが、例外もあり、最も重要な例外は、実数は積に関しては可換(ab = baであるが、行列に関しては、AB = BAは一般には成立しない。つまり、行列の積の交換法則は一般に成立しない。例えばAのサイズが2/3で、Bのサイズが3/4のとき、ABは定義できるが、BAは定義不能である。また、ABBAが定義可能な場合でも、Aのサイズが2/3Bのサイズが3/2の場合、ABのサイズは2/2で、BAのサイズは3/3となり、AB \neq BAである。

行列の計算法則(定理)

A+B=B+A:加法の交換法則A+(B+C) = (A+B)+C:加法の結合法則
A(BC) = (AB)C:乗法の結合法則A(B+C) = AB + AC:分配法則
(B+C)A = BA + CA:分配法則A(B-C) = AB-AC
(B-C)A = BA - CAa(B +C) = aB + aC
a(B-C) = aB - aC(a+b)C = aC + bC
(a-b)C = aC - bC (ab)C = a(bC)
a(BC) = (aB)C = B(aC)


成分が全て0の行列をゼロ行列と呼ぶ。通常Oと書く。

O行列についての定理

計算が可能なとき、以下が成立する。
A+O = O +A =A \\ A - A = O \\ O - A = -A \\ AO = O, \;\;\; OA = O


対角線上の成分のみ1で、他の成分が0であるような正方行列をIで示し単位行列と呼ぶ。単位行列Iは、実数の場合の(乗法単位元)1の役割をする。
[例] I_2 = \begin{bmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{bmatrix} \\ I_4 = \begin{bmatrix} 1 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & 1 \end{bmatrix}
正方行列Aについて、AB = BA = Iを満たす正方行列Bが存在するとき、Aは可逆行列といい、BAの逆行列という。B = A^{-1}と書く。

逆行列についての定理など

B,\;CAの逆行列ならば、B=Cが成り立つ。
可逆行列Aの逆行列はただ一つしか存在しない。
A A^{-1}= I ,\;\; A^{-1} A = I
A,\;Bをサイズの等しい可逆行列とするとき、次が成り立つ。
(a) ABは可逆
(b) (AB)^{-1} = B^{-1} A^{-1}
※可逆行列の有限個の積は常に可逆で、その逆行列は、もとの行列の逆行列を逆の順序でかけ合わせたものに等しい。

Aを可逆な行列とするとき、
(a) A^{-1}は可逆で、(A^{-1})^{-1} =A
(b) A^{n}は可逆で、(A^n)^{-1} = (A^{-1})^n (ここで、n=0,1,2, \cdots
(c) kAは可逆で、(kA)^{-1} = \frac{1}{k} A^{-1} (ただし、k \neq 0

Aを正方行列、r,\;sを整数とするとき、
A^{r} A^{s} = A^{r+s} ,\;\;\; (A^r)^s = A^{rs}

基本行列の定義と性質

I_nn次の単位行列)から、ただ1回の行の基本変形によってえられるn/n行列を、基本行列と呼ぶ。

[例]
(1) I_2の第2行を-3倍した行列\begin{bmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -3 \end{bmatrix}
(2)I_3の第3行を3倍して第1行に加えた行列\begin{bmatrix} 1 & 0 & 3 \\ 0 & 1 & 0 \\ 0 & 0 & 1 \end{bmatrix}

(定理)基本行列は可逆で、その逆行列も基本行列である。
証明:Eを基本行列とすると、Eに1回基本変形をほどこすとIを作れる。つまり、基本行列E_0が存在し、E_0 E =Iとできる。E_0は基本行列なので、基本行列E_1が存在して、E_1 E_0 = Iとできる。E_0 E =Iの両辺にE_1を左からかけると、E_1 E_0 E =E_1となる。従って、E=E_1となり、E E_0 =Iが言える。よって、Eの逆行列は基本行列である。

連立1次方程式の解

Aが可逆なn/n行列、Bが任意のn/1行列であれば、連立方程式AX = Bは、ただ1つの解X= A^{-1}Bを持つ。

証明:X = A^{-1}BAX =Bの解であることは、A(A^{-1}B) = (A A^{-1})B =Bからわかる。一方、X_0も解とすると、A X_0=Bが成立しなければならないが、このとき左からA^{-1}を作用させると、X_0 = A^{-1}Bとなり、同一解Xとなる。